
「本日8月1日、花火の日です」
朝、そんなことをツイートしました。1948年、戦時中に禁止されていた花火が解禁された日だそうです。
そして8月1日は、一年でいちばん花火大会が多い日でもあります。
すぐ思いつくだけでも、古河、足利、幕張、江戸川、戸田橋。いよいよ花火のハイシーズンに突入した、という感じです。
ただ、今年の私はというと、家族の用事が重なって現地には行けませんでした。
そして、こんなタイトルですが説明しておくと、ネットで配信してもらえるのはとてもありがたいし、行かずに雰囲気を味わえて最高、花火配信を下げる意図はまったくないです。
ですが、毎年現地で観覧している自分としては、やはり物足りなさが残ったというそんなお話です。
8月1日が「花火の日」になった理由と、この日に集中する花火大会
由来には諸説あるようですが、よく言われるのが、1948年(昭和23年)のこの日に、戦時中ずっと禁止されていた花火の製造や販売が解禁された、という話です。火薬は戦争の道具でもあるので、止められたのは当然といえば当然なのですが、数年のあいだ、日本の夏の夜に花火が上がらなかった時期があったわけですね。
記念日そのものは、正直これまでそこまで気にして生きてきませんでした。
でも、禁止されていた期間があったと知ってからは、夏の夜に当たり前に上がっているあの光が、少しだけありがたく見えるようになりました。
そしてもうひとつ面白いのが、この時期の土曜日に花火大会が一気に集中することです。
ふと考えるだけで古河、足利、幕張、江戸川、戸田橋。関東だけでも、指を折るまでもなく出てきます。
同じ夜、同じ空の下で、何万発という玉が別々の場所で上がっている。
そう考えると、なかなか不思議な夜です。
裏を返せば、どれかを選んだ時点で、残りは全部見られないということでもあります。
毎年ここで、軽く悩みます。

去年の古河は、腹に響いた
昨年は、古河の花火大会に現地で見てきました。人出は、当然ながらすごい。行きの道も、終わったあとの帰りの流れも、避けようがありません。
人ごみが得意かと聞かれたら、正直そうでもないです。
それでも現地には、独特の空気があります。打ち上げが始まる前の、あの妙にそわそわした静けさ。
日が落ちて、川辺の空気がすっと湿ってくる感じ。そして最初の一発が上がった瞬間の、ドン、という音。
あれは耳で聞いているというより、腹のあたりに直接来ます。
光が見えてから音が届くまでの、わずかなずれ。周りから漏れる「おおー」という声。
首が痛くなるくらい上を向いていること。
写真を見返すと、そのときの音まで一緒に思い出せる気がします。
実際には音は写っていないのですが、体のほうが覚えているのだと思います。
今年は家で。配信のありがたさと、足りなかったもの
一方で、今年見たライブ配信は、本当にありがたいものでした。
まず、移動がありません。場所取りもいらない。
汗もかかない。飲みものは冷蔵庫にあるし、トイレも並ばない。ライブカメラは特等席から狙っていて、良いポジションから見られる。
行けなかった側からすると、「見られただけで十分ありがたい」というのが正直なところです。
実況を追いながら、今ごろ現地はすごい熱気なんだろうな、と想像するのも悪くありませんでした。
なんとなくの雰囲気は、ちゃんと伝わってきます。
ただ、やはり腹に響く音はありませんでした。
スピーカーから出る音は、音として正しく鳴っているのに、体には届かない。(単純に音量の小ささかもしれない!笑)
光と音のずれもないし、川辺の湿った匂いも、打ち上げのあとに流れてくる火薬のにおいもない。
周囲のざわめきもない。同じ花火を見ているはずなのに、受け取っている情報の量がまるで違うのだな、と画面越しに思っていました。
ちなみに、見ていたのは「市川市民納涼花火大会【江戸川花火大会】(日テレNEWSチャンネル)」と「幕張ビーチ花火フェスタ2026(千葉テレビ放送)」を交互に見ていました。
どちらも現地で見てみたかった花火大会です。


進化はありがたい。それでも現地での体験は格別
技術の進化はありがたいです。仕事でもそう思っていますし、行けない年に花火を見られるというのは、素直にすごいことだと思います。
配信がなかったら、今年の8月1日は「行けなかった日」で終わっていました。
それでも、なんともいえない寂しさなのか、虚しさなのか、物足りなさが残りました。
来年は、また現地に行きたいです。
人ごみは相変わらず避けられないでしょうが、あの腹に響く音は、やっぱり現地でしか受け取れません。
それではまた次回!